七瀬三部作「エディプスの恋人」

七瀬三部作「エディプスの恋人」

七瀬三部作の最後を飾るのは「エディプスの恋人」です。「週刊読売」の1977年1月1日号から6月4号にかけて全22回を連載しました。「七瀬ふたたび」の後日談にあたる話で、主人公の七瀬は人の心を読めてしまう精神感応能力者(テレパス)で、この作品では名門私立高校の事務職員という設定になっています。七瀬が受け取る他人の思考の様子を、普通の文章だけではなく、文字色や表記の工夫、ページ一面に文字をレイアウトするなど、視覚に訴える記述がされているのが特徴です。

ストーリー(ネタバレ)

七瀬はとある名門私立高校の事務職員として働いています。彼女の能力は健在ですが、彼女はその力をひた隠し社会に溶け込もうとしていました。ある日七瀬は不思議な光景を目にします。ある男子生徒の頭上めがけてボールが飛んでいき、ぶつかりそうになるのですが、間一髪というところでボールが破裂したのです。その男子生徒は香川智広という名前でした。何故だか彼に興味を持った七瀬。いつの間にか智広の過去を調べ始めていました。その結果、七瀬が見た光景は智広にとってはなんら珍しいことではなく、日常的に起こっていることだということが分かります。更に、彼に敵対するものはことごとく酷い目に遭っているということも。七瀬はそれが彼の意志によるものではなく、何者かが彼を守ろうとして行ったことではないかと推測します。果たしてそんなことが可能なのか・・・。彼女が知るどの超能力を使っても不可能に思えるその力に、七瀬は段々と脅威を感じ始めるのでした。そんなある日、七瀬と智広は偶然にも喫茶店で出会ってしまいます。お互いに惹かれあう二人。急速に二人の距離が縮まることに七瀬は恐怖します。何者かが自分の精神さえも操っているのではないかと考えたからです。七瀬は智広と距離を置こうとしますが、それに反して気持ちは智広を求めてしまいます。智広への愛を理性と疑念で押しとどめた七瀬は、智広の父に会いに行きます。そこで知らされたのは驚愕の事実でした。なんと智広は現在の宇宙意志を司るものの息子だったのです。智広はその事実は知りません。彼の母親はもともとは人間だったのですが、その奉仕精神を買われて宇宙意志を司るものの一人として神に選ばれ、現在は宇宙の全権を握る絶対的な存在となっているのでした。母親はその力を使い、息子を遠くから守っていたのです。そして七瀬はその母親に、恋人役として選ばれた人物なのでした。あまりの出来事に一時は智広と別れようと決意した七瀬ですが、彼の母の力のせいか、智広への思いを断ち切ることが出来ません。もはやその力にはあらがえないのだと悟った七瀬は、いよいよ智広を受け入れることを決意します。その日、智広の求めに応じて関係を結ぶ七瀬でしたが、その最中に精神を飛ばされて肉体を奪われてしまいます。こんなことが出来るのは彼の母親だけ。智広の母は、七瀬の肉体を使って息子と交わろうとしていたのでした。七瀬は母のその行為を批判しますが、絶対者たる母親に敵うはずもなく、ことが終わるのを見届けることしかできませんでした。数日後、七瀬の元に天使と名乗る老人が現れます。彼は智広の母の使いだというのです。彼の話によれば母はこの前のことを反省し、お詫びがしたいと申し出ているとのこと。七瀬はなにもいらないから自分と智広をそっとしておいてほしいと頼みます。しかし天使は食い下がり、「大切な人に会いたくはないか」と持ち掛けます。大切な人なんていないと思っていた七瀬の脳裏に突如、ノリオや恒夫、藤子、ヘンリーの顔が浮かびます。すると「お姉ちゃん!」というノリオの声が七瀬の頭に響くのでした。天使は彼らが近くのホテルにいることを告げます。七瀬は急いでそこへ向かいますが、ふとあの事件を思い出します。組織の手で恒夫が殺され、藤子が殺され、ノリオが殺され、ヘンリーが殺され・・・。なぜ死んだはずの皆が、ここにいるんだろう。何かがおかしいと気付いた七瀬。さっきまで聞こえていたノリオの声は、何事もなかったかのように消えています。すべては絶対者によって用意されていたことだと気付いた七瀬は、その力に恐怖します。ではどこからが彼女の力なのか、自分の記憶はどこまでが正しいのか。あの事件で致命傷を負った七瀬を助けたも絶対者だったということになっているが、その記憶も嘘なのか・・・?そもそもノリオたちの記憶も改竄されていたんじゃ・・・。そこまで考えて七瀬は考えることを辞めました。相手が絶対者である限り、どうしようもないと悟ったのです。七瀬は智広の待つ自宅へと静かに歩き始めるのでした・・・。

エディプスとは

「エディプス」はギリシア神話の登場人物の一人です。テーバイの王ラーイオスとその妻イオカステーの間の子どもです。実の父を殺し、実の母と親子婚を行った人物です。ライオースは、子供をつくればその子供に殺されるという神託を受けますが、酔った勢いで妻との間に子供が出来てしまい、生まれた男児を殺すことが出来ずに従者に遠くへ連れていくようにと託します。従者は子供がいなかったコリントス王の元にその子供を預け、子供はエディプスと名付けられます。エディプスは成長し、自分を育てた王とその妻が実の親ではないことを知って旅に出ます。旅の途中でライオースと出会い、ひょんなことから彼を殺してしまいますが、エディプスは彼が実の父だとは全く気付いていません。更に旅を続けたエディプスは村の人々を苦しめるスフィンクスを倒し、その地の王となります。そして実の母であるイオカステーをそうとは知らずに娶って、二人の男児と二人の女児をもうけました。エディプスが王になって以来、村では不作と疫病が続いており、その原因を調べるうち、エディプスは実の父を殺し、実の母を妻にしていたことを知ってしまうのでした。こういった経緯から、幼児期に起こる「母親を手に入れようと思い、父親に対して強い対抗心を抱く」という心理抑圧を表すフロイトの概念「エディプスコンプレックス」の語源にもなっています。

感想

七瀬三部作と言われているこれら三作ですが、七瀬が主人公というだけで3冊とも全く違うお話になっているのが面白いところだと思います。一作目の「家族八景」は普通の家庭の裏事情を超能力で知ってしまった少女の話だったのに、二作目には謎の組織と超能力で戦うというスケールの大きな話になり、三作目の「エディプスの恋人」は神の息子と無理矢理くっつけられる七瀬の悲劇という壮大な物語へと発展してしまいました。神やら絶対者やら宇宙意志やらちょっと話が大きくなりすぎて置いてけぼりを食らった気分になります。すべては智広の恋人になるために仕組まれたことだったんだ!というオチで前の二作をかたずけられてしまうのはちょっと寂しい気がしますね。簡単に言ってしまえば息子大好きな母親が自分の権力をフル活用していい嫁を見つけようとするっていう話ですよね。しかも本家エディプスと同様に(本家は事実を知らないままでしたが)母と息子で交わってしまうというドン引き展開です。筒井康隆のその発想力には驚かされます。ただ、やっぱりこの話もなぜか読み返したくなるお話で、毎回読むたびにブルーな気持ちになるのですが、中毒性があります。この作品だけ映像化されていないので、なんの先入観もなく読めるというのがいいのかもしれません。なかなか内容的にも難しいと思いますが将来映像化にトライするツワモノが出てくることを密に願っていたりします。